「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第140話

第139話へ戻る


最終章 強さなんて意味ないよ編
<別れ>



 レストランとアンテナショップの混雑は開店してから2週間たった今でもまだ続いている。
 私としては調理法が目新しいだけで、他のレストランと比べて料理が特に優れているわけでは無いと思っていたから混雑は1週間も続けばいいところだろうと思っていたんだけど、そんな私の見通しは甘かったと言う事なのだろう。

「アルフィン様。喫茶コーナーとレストランで出されているデザートなのですが、これだけでお店を出しませんか? わたくしとしては帝都に出店していただけると嬉しく思うのですが」

「はぁ、帝都にですか」

 実際に店を開いてみたら、どうも前もって人が押し寄せると脅かされていたフルーツよりもスイーツ関係の方が話題になっているみたいなのよ。
 そもそもこの世界のお菓子は物凄く砂糖を使うから全般的に値段が高い。
 それだけに一般の人はあまり食べる事ができなかったみたいなんだけど、私としては安い材料でも美味しいお菓子を作れるって事を知っていたからそれを店に並べたのよね。
 そしたらそれが受けたらしくって、人を呼んでるって訳。

「はい。まだ使者が訪れていないので内密な話なのですが、王国との戦争が早くも終結したようなのです。となればわたしく、帝都に帰らなくてはなりませんもの」

「そう言えばロクシー様は戦争が終わるまでの疎開の為に、この都市を訪れているのでしたね」

「そうなのです。ですがそうなると此方での生活では当たり前に食す事ができたものが口にできなくなるのが悲しくて。特に泡立てた生クリーム! わたくし、喫茶コーナーに出すからとパンケークの試食をいただいた時、上に乗っていた白くてふわふわしたお菓子が貴重な生クリームを泡立てたものだと聞いて本当に驚きましたのよ」

 いや、ロクシーさんが生クリームを食べた時に貴重な物だって言い出した時は私も驚いたわよ。
 どうやらこの世界では生クリームを生乳から作る技術がないらしくて、搾った牛乳から自然分離したものだけしか存在しないなんて思わなかったもの。
 でも前にレストランで食べたアイスクリームに、なぜわざわざ向かない上に手に入りにくい自然分離した生クリームを使っていたのかが解ってって納得したわ。
 それしかないのなら、多少口当たりが重くなっても乳脂肪分が多い物を使わないわけにはいかないものね。

「これまで生クリームと言えば料理のソースに使ったりアイスクリームに使ったりする事はあったのですが、泡立てた物と言うのは口にしたことがありませんでしたもの。ですから早速わが家のパティシエにそれを教えて作らせたのですが、どうしても口当たりが重くて。牛乳を入れるなどして試行錯誤を繰り返しているようなのですが、なかなかあの味が出せなくて困っているのです」

 そりゃ、うちは遠心分離機で作ってるから乳脂肪分の調整もできるからなぁ。
 濃い生クリームを牛乳で割るのに比べたら味がいいのも当たり前よね。

「レストランで働いている者に聞いたところ、あの生クリームは大使館においてあるマジックアイテムで作られていると聞きました。先日の冷凍庫にも驚きましたが、流石にマジックアイテムに関しては我がバハルス帝国も都市国家イングウェンザーには叶いませんわ」

 あれ? なんか勘違いしてない? 遠心分離機に仕上げたのは確かにうちの子達だけど、マジックアイテム部分はこの国のものなんだけど。
 このようにロクシーさんに下手な勘違いをされたまま帝都に帰られると、凄いマジックアイテムを作り出す都市国家があるって話題になりかねないわね。
 もしそうなったら辺境候の耳にも届きかねないし、ここは否定しておいた方がいいだろう。

「あらロクシー様。生クリームを精製している道具には確かにマジックアイテムを使用していますけど、それは我が国で作られたものではありませんわよ。あれは前にお話した小麦を製粉する時に使っている回転するだけのマジックアイテムを使用して作られた道具ですわ」

「まぁ、そうなのですか? わたくしてっきり」

「ええ。回転と言うものは色々使えるんですのよ。生クリームを泡立てるのにも、その回転のマジックアイテムを使って作られた道具を使用していますし。あの魔道具をこの国で見つけることができたのは本当に運がよかったですわ。それまでは魔法を使ったり、人の手を使わなければなりませんでしたもの」

 ホントあれは掘り出し物だったわよねぇ、あれのおかげでいろんな物が作れたもの。
 投売りしてくれた人たちに感謝だわ。

「なるほど。アルフィン様の国は一つのマジックアイテムで色々な事をなす技術が優れているのですね」

「はい。有益で強力な力を秘めたマジックアイテムを作り出すのは長い時間を掛けた研究が必要ですが、今あるものを応用して新たの道具を作り出すのは発想力が豊かな者さえ居ればすぐにでもできますから」

「そうなのですか。ではあのエレベーターも?」

「はい。あれも基本的には幾つかのマジックアイテムの集合体ですわ。回転のマジックアイテムもあのエレベーターには使われておりますのよ」

 私がこの一言を言った瞬間、ロクシーさんの目が光ったような気がした。
 と同時に、私は誘導尋問に引っかかった事に気が付く。

 そうだ、すっかり忘れてたけど、本来この人はこういう人だったよ。
 はじめて会った時同様、すべてを見透かすような目で私は見据えられ、私は観念する。
 ああ、私が知っている限りのエレベーターの作り方、全部聞くまでは帰ってくれないだろうなぁ。

「と言う事は我が国の技術でもあのエレベータの魔道具は作れると言う事ですか?」

「どうでしょう? あのエレベータの作り方を全て把握しているわけではありませんから、私の口からはなんとも言えませんが・・・ただ、使われているマジックアイテムは全てこの国で調達したものの筈ですわ」

 これは本当のことだ。
 アインズ・ウール・ゴウンの存在が明るみに出た以上、この世界の人間には作り出せないほど強力なマジックアイテムが無ければ作れないものをこんな大々的に出す訳にはいかないからと、色々と工夫してあれは作られたからね。

「そのマジックアイテム、差し支えなければ教えていただけませんか? もちろん対価はお支払いいたしますから」

「いいですわよ。どの道一度世に出てしまえば研究されていずれは誰かが真似をするのでしょうし、その程度の事で宜しいのでしたら両国の親善と言う事で無償でお教えいたしますわ」

 元々この国の都市に設置した以上はいずれ話さないといけなかっただろうし、何よりありふれた技術であるって事が広まってくれた方が私としてはありがたいので、これもいい機会なのかもしれない。
 と言う訳で、使われているマジックアイテムを私は羅列する。

「えっと、確か使われているのは先ほど話した回転する魔道具。快適な車輪、軽量な積荷、こんな所でしょうか」

「えっ、それだけですか?」

「はい。後は技術的に解決されているのでマジックアイテムはこれだけのはずですわ」

 そう、たったこれだけのマジックアイテムがあればあのエレベーターは作る事が出来るのよね。
 仕組みは簡単、人が乗るエレベーターワゴンに快適な車輪と軽量な積荷を設置する。
 これによって変なゆれに悩まされる事はないし、乗っている人たちの重さも表示してある最大積載量以下なら軽量な積荷を起動することで30キロ以下まで落とす事ができるんだ。
 それでワゴンと釣り合う様に調整した錘を3階から下ろせば、回転の魔道具の力だけで人を上に運べるって訳。

 因みに今簡単に説明した通りに作ると錘のワイヤーが下についてもワゴンが3階に着かないから3つの滑車を使ってワイヤーの長さを調整したり、軽量な積荷のオンオフができるスイッチをエレベーターワゴンの扉の外に設置したりとこの外にも幾つかの細かな工夫もされてるんだけどね。

 ただこのエレベーター、新しくマジックアイテムを開発したわけじゃないから色々不便なのよね。
 軽量な積荷のオンオフの為に上と下に1人ずつ人を置かないといけないし、回転のマジックアイテムも一定方向にしか動かないからギアを切り替えないと上り下りの方向の切り替えができない。
 そして何より非常時にブレーキをかけられるよう斜めに敷かれたレールの上を走るから、設置するのに場所を取っちゃうのよねぇ。
 緊急時のブレーキとして浮遊の魔道具が使えたら垂直式のエレベーターにしたのに。
 ホント残念。

 とまぁ使われているマジックアイテムは教えたものの、この作り方までは教えてないから実際に作るには結構時間がかかるだろうなって私は思ってるんだ。
 だってこの世界、魔法が発達しているせいなのかギアのような機構的なものがあまり進んでないみたいだからね。
 登りだけなら簡単に出来るだろうけど、下りに関しては結構苦労するんじゃないかな?
 いや、それ以前に吊り上げる為のワイヤーとか作れるのかなぁ? あれは長くて柔軟性のある針金をかなりの本数作らないと出来ないんだけど。

「しかしなるほど、皇帝陛下の馬車に使われているほどのマジックアイテムが使われているのであればあの乗り心地も納得ですわ。それにそれ程高価なマジックアイテムを馬車にではなくただ上の階に上るためだけに、それも城やお屋敷では無くレストランに設置されるのですから、いつもの事ながらアルフィン様の財力には恐れ入ります」

「はっ?」

 あれ? 確かこの魔道具に関しての話はカロッサさんのところで聞いたはず・・・いや待って、カロッサさんから聞いたのって確か快適な車輪だけだったような?

「あの、もしかして・・・軽量な積荷ってもしかして貴重なマジックアイテムなのですか?」

「はい。余程困窮しているのならともかく、普通の暮らしをしている貴族なら快適な車輪は馬車に着けているでしょう。けれど、軽量な積荷までとなるとかなり珍しいと思いますわ。皇帝陛下は常に鎧を着た騎士たちを同乗させますが、普通の貴族はその様な事、ありませんもの。それだけに作られる数も少なく、値も高価になっていると聞き及んでおります」

 なるほど、需要がないから高いってわけか。
 でもそんな高いって言うのなら真似される可能性は低かったかもしれないわね。
 よかった、ロクシーさんに使われているマジックアイテムを話しておいて。
 誰かが真似してばれるだろうって高をくくってたら悪目立ちするところだったわ。

「なるほど。ではあまり意味のない情報でしたね。設置する場所を取るので城や砦には使えませんし、普通の館につけるにはお金が掛かりすぎますもの」

「そうでもないと思いますわよ」

 エレベーターとして使用するにはお金が掛かりすぎるみたいな話をしていたからてっきり意味のない時間を取らせたと思ったんだけど、どうやらロクシーさんはそうは思わなかったみたい。
 でもなぜ?

「そのお顔からするとお気付きになられていないようですわね。先ほどの情報はわたくしどもの盲点を付いたものでしたのよ」

 私の顔を見て、ロクシーさんは微笑む。
 やはりアルフィン様は戦いに向かない御方ですわねと。

「わたくしたちはいままで軽量な積荷を馬車の重さを軽減させるマジックアイテムと捕らえておりましたの。しかし言われてみれば当たり前の事ですが、重さを軽くするのは馬車でなくてもよかったのです。例えば崖の上に砦を作る際、今まではフローティングボードのような魔法を使って物資を歩いて運ばなければいけませんでした。しかしこの軽量な積荷を使えば崖下から引き上げる事が可能になりますわ。そうなれば資材運搬の時間が短縮されて敵の妨害を受けにくくなりますもの、その恩恵は計り知れません。その上その作業も人力ではなく回転のマジックアイテムによって行うことができるのですから、その分警備に人を回せますから安全性も高めることができますでしょう? その他にも城壁の上から落とす岩や油の運搬、バリスタの矢や投石器用の岩を運ぶのもこれを使えばかなり楽になりますわ」

 ああなるほど、私はエレベーターをただ高い所にあがるためだけのものだって考えてたけど、ロクシーさんは戦争を有利に運ぶ為の道具に使えると考えたわけか。
 確かにそれならば多少お金が掛かっても作る意味はあると思う。
 人力と時間をお金で買うと考えれば合理的だし、なにより一度作ってしまえば壊れるまで使い続けられるのだから、その方が最終的には安く付くだろう。

「どうやら私は少し早まったのかもしれませんね」

「いえいえ、我がバハルス帝国が強大になれば友好国である都市国家イングウェンザーにも何かと利になる事が多くなると思いますもの。これからも色々と教えていただけると助かりますわ」

 う〜ん、今回は完全にロクシーさんに一本とられてしまった形だなぁ。
 まぁ私の場合、政治的なことでロクシーさんに勝とうと考えるほうが間違ってるのだろうから仕方がないといえば仕方がないんだけど・・・うん、これからは情報開示する前には必ずギャリソンかメルヴァに相談することにしよう。



 そんな事があったりするうちに時は流れ、王国との戦争が終結したと言う報告がイーノックカウにも正式に届けられた。
 と言う事はロクシーさんとの別れの日が来たと言う事だ。

「ロクシー様、今まで色々とありがとうございました」

「いえ、此方こそ有意義な日々を送らせていただきました。アルフィン様と出会い、送ったこのイーノックカウでの日々、生涯忘れる事はないでしょう」

 明日の早朝、このイーノックカウを出発すると言う事で訊ねてくれたロクシーさんと私は最後の挨拶を交わす。

「此方こそ、楽しい日々でしたわ。また来年もこの時期になったらいらっしゃるのでしょう? 再会の日を楽しみにしていますわ」

「あら、それより帝都には遊びに来ていただけませんの? わたくしとしては先日お話した通り帝都にもアルフィン様の店を出していただきたいですし、それならば開店場所の相談もしなければならないでしょ?」

 帝都かぁ、アインズ・ウール・ゴウンを名乗る人が居る場所の近くには行きたくないんだけどなぁ。
 でも、この仲良くなった女性の笑顔を見ていると断るのも忍びない。

「そうですわね。まだ何時とはお約束できませんが、帝都に出店いたします。その時は相談に乗ってくださいましね」

「まぁ嬉しい。約束ですわよ」

 一気に花が咲いたかのように笑顔になるロクシーさん。
 こうして私たちは帝都での再開の約束をして、別れの日を迎えたのだった。

 そしてそれから十数日後、出兵した部隊が、ヨアキムさんたちがこのイーノックカウに帰還した。


あとがきのような、言い訳のようなもの



 どんなものでも兵器に転用できる、その事を戦争を知らない世界から来たアルフィンは指摘されない限り気が付きません。
 ですからこうして簡単に情報を開示してしまうんですよね。

 でもまぁ、それを警戒してピリピリするよりついうっかり離してしまうほうがアルフィンらしいのではないでしょうか

 さて、ロクシー様が去り、ヨアキムが帰ってきます。
 そしてこれにより王国と帝国との戦争の顛末をアルフィンが知り、いよいよ話はラストに向かって行くことになります。


第141話へ

オーバーロード目次へ